東京高等裁判所 平成9年(行ケ)183号 判決 1999年5月13日
埼玉県上尾市愛宕2丁目6番1号
原告
秀工電子株式会社
代表者代表取締役
竹内誠
訴訟代理人弁護士
渡邊敏
同
弁理士 東野好孝
大阪府寝屋川市大利町38番17号
被告
有限会社ユア開発
代表者代表取締役
内田清人
訴訟代理人弁理士
北村修一郎
同
弁護士 岡田春夫
同
小池眞一
主文
特許庁が平成8年審判第19002号事件について平成9年6月20日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
被告は、発明の名称を「遊技設備」とする特許第1722297号の特許発明(昭和58年11月15日にした特許出願の一部を新たな特許出願とした昭和63年5月14日の出願、平成4年12月24日に設定登録。以下「本件発明」という。)の特許権者である。原告は、平成8年11月8日に本件発明に係る特許の無効の審判を請求し、特許庁は、同請求を同年審判第19002号事件として審理した上、平成9年6月20日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年7月2日に原告に送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲
複数の遊技台Aを横方向に並設して遊技台列が構成され、前記複数の遊技台Aの隣接間のうちの複数の特定個所に、紙幣aを前記遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列背面側に送り出し可能な紙幣投入機Bが設けられているとともに、前記遊技台列の背面側に、前記紙幣投入機Bの各々から送り出される紙幣aを受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持し、前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置Dが設けられ、前記挟持搬送装置Dの挟持搬送路が複数の搬送ユニットdを前記遊技台列に沿って一連に連結して構成されている遊技設備であって、前記搬送ユニットdの全長が前記紙幣投入機Bの配設ピッチと等しい又はほぼ等しい長さに設定され、前記搬送ユニットdの各々に前記紙幣投入機Bから送り出される紙幣aを受け入れる開口部3Aが形成されている遊技設備(別紙図面1参照)
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写のとおりである。以下、審決と同様に、本件発明の特許請求の範囲のうち、「複数の遊技台Aを横方向に並設して遊技台列が構成され、前記複数の遊技台Aの隣接間のうちの複数の特定個所に、紙幣aを前記遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列背面側に送り出し可能な紙幣投入機Bが設けられているとともに、」を構成要件A、「前記遊技台列の背面側に、前記紙幣投入機Bの各々から送り出される紙幣aを受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持し、前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置Dが設けられ、」を構成要件Bという。また、特開昭53-3399号公報(審決の甲第1号証、本訴の甲第11号証)を引用例1(別紙図面2参照)、実公昭58-6823号公報(審決の甲第2号証、本訴の甲第12号証)を引用例2(別紙図面3参照)、実公昭56-30943号公報(審決及び本訴の甲第6号証)を引用例3という。
4 審決の取消事由
審決の理由Ⅰは認める。同Ⅱのうち、4頁6行の「請求人の」から同頁18行の「無効理由1という。」までは争い、その余は認める。同Ⅲのうち、請求人の主張部分(6頁12行ないし14行、7頁8行ないし14行、8頁1行ないし3行、11頁16行ないし12頁12行)は認め、その余は争う。同Ⅳは争う。
審決は、構成要件A、Bについての進歩性の判断を誤り、発明の未完成を看過し、手続違背を犯したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(進歩性判断の誤り)
ア 構成要件Aについて
<1> 審決は、構成要件Aのうちの「紙幣を遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列背面側に送り出し可能な紙幣投入機」の構成は、引用例1に開示されていないと認定判断した。
<2> しかし、本件明細書には、「紙幣を遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列背面側に送り出し可能な具体的な構成」が一切記載されていない。したがって、その構成は、本件特許の出願時の周知技術により当業者が容易に実施することができるものであることが必要であるが、その周知技術の一つが引用例1記載の発明であって、引用例1には上記構成が記載されている。
<3> 引用例3には、「複数の遊技台を横方向に並設して遊技台列が構成され、前記複数の遊技台の隣接間のうちの複数の特定箇所に、硬貨を前記遊技台列前面側から受け入れてその平面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列背面側に送り出し可能な遊技用貸機が設けられているとともに、前記遊技台列の背面側に、前記遊技用貸機の各々から送り出される硬貨を受け取ってその平面が上下方向に沿う姿勢で転動させ、前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置が設けられ、該搬送装置には前記遊技貸機から送り出される硬貨を受け入れる開口部が形成されている遊技設備」が記載されている。
構成要件Aとの関係で本件発明と引用例3記載の考案を比較すると、前者が紙幣、後者が硬貨という相違点があるものの、両者は、共に、通貨を前記遊技台列前面側から受け入れて上下方向に沿う姿勢で遊技台列背面側に送り出し可能な通貨投入機である。したがって、引用例3に引用例1を適用して、これを紙幣投入機に構成することは、当業者が容易にし得たことである。
<4> 引用例1には、「複数の遊技台の隣接間のうちの複数の特定個所に、扁平体としての紙幣を前記遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で取り込み用ローラにより挟持して送り出し可能な遊技用貸機が設けられており、取り込まれた紙幣は、特定位置まで搬送されている」構成が開示されているのであり、この構成を引用例3の「遊技台列の背面側に、前記遊技用貸機の各々から送り出される硬貨を受け取ってその平面が上下方向に沿う姿勢で転動させ、前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置」に適用するときには、取り込まれた紙幣を「遊技台列背面側に送り出し可能」とすることは当然の設計変更にすぎない。
イ 構成要件Bについて
<1> 審決は、引用例2記載の考案は、「紙幣送出部1a、1b、1c、1dの各々から送り出される紙幣3を、送り出しローラーA1、A2が受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟待して、払出機8まで合流搬送する挟持搬送装置」は記載されているが、構成要件Bは記載されていないと認定判断した。要するに、その論旨は、引用例2は、紙幣を払出機8まで合流搬送する挟持搬送装置であり、遊技台列の背面側で紙幣を受け取る装置ではないということに尽きる。
<2> しかしながら、本件発明は、遊技台の横に設けられた紙幣投入機に投入された紙幣を特定位置まで搬送し回収する装置であるから、紙幣投入機に投入された後の紙幣の搬送は、単に紙幣としての搬送であり、何ら遊技台との関連はない。紙幣搬送という点では、本件発明は、従来からの紙幣の縦搬送と何ら違いはないのである。
そして、紙幣挟持搬送装置を遊技台列の背面側に設けることは、周知慣用の技術である。
すなわち、遊技機の技術分野では、硬貨搬送について、遊技台列の背面側に貨幣の搬送装置を設けることは周知慣用の技術である。ところで、技術分野は異なるが、紙幣類の搬送分野において参考になる引用例として、甲第9号証の1ないし3刊行物が挙げられる。例えば、甲第9号証の1刊行物記載の従来例では、現金払出口の背面側に、紙幣共通の出金ベルト31と個別ベルト32、33、34を設け、所望の窓ロステーションに対して、通路切換片41、42を動作させて、通路51、52、53により現金を現金払出口に搬送しており、まさに、現金払出口の背面側に搬送装置が設けられているものである。
そして、従来、貨幣の搬送では、紙幣と硬貨が一律の方法で行われることもしばしば行われていた。ちなみに、甲第9号証の1刊行物記載の現金一括処理システムは、開閉自在なカバーと現金収容ボックスを含む搬送体と搬送体の通路を有することが特徴であり、紙幣と硬貨の搬送の一括処理を目指したものである。このように、紙幣と硬貨の搬送が同一の手段で行われる技術状況を前提とすれば、十分に硬貨搬送の各公知資料が本件発明の起因ないし動機づけになり得るのである。
<3> 引用例3記載の考案と本件発明の一致点は、前記アの<3>で述べたとおりであり、構成要件Bとの関係では、本件発明は、紙幣の紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持するのに対して、引用例3記載の考案がそうではない点が相違点である。
引用例2には、紙幣払出機についてのものではあるけれども、複数の紙幣送出部1a、1b、1c、1dから送り出される紙幣を案内部(ガイドG、G)により屈曲させて、搬送装置による挟持位置に案内し、紙幣の移動方向を搬送装置の搬送路に沿う方向に変更し、紙幣送出部から特定位置(払出台8)まで紙幣を略一定の姿勢で挟持して合流搬送する搬送装置が記載されており、また、このような搬送技術は、その技術内容からみて、一般の可撓性を備えた紙幣の搬送装置として相互に応用可能な技術である。そして、たとえ紙幣払出機用の紙幣の搬送装置であっても、引用例3記載の考案に記載されたような硬貨の転動搬送装置に代えて、引用例2記載の考案の紙幣の挟持搬送装置を採用することは、当業者が容易に想到し得たものである。
<4> また、実公昭45-24565号公報(以下「甲第5号証刊行物」という。)は、給紙台の背面側に給紙台から送り出される紙を受け取って、その紙面が搬送方向に立てた状態で挟持し、給紙台列に沿って、特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置である。そして、前記<2>で述べたとおり、遊技台列の背面側を紙幣搬送させる技術は周知慣用の技術であるから、甲第5号証刊行物は構成要件Bを充足する。
(2) 取消事由2(発明の未完成の看過)
審決は、原告の主張を、単に開口部という紙幣を受け入れるための開口が空いているという構成だけでは、紙幣を完全に挟持搬送装置に取り込めないし、紙幣を所定の方向に搬送できないという主張として要約し、その上で、本件発明の構成要件Dの開口部が、紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり、所定の方向に搬送するわけではないから、原告の主張は失当である旨判断した。
審決の上記判断を前提とすると、本件発明は、紙幣投入機の送り出し機構には何ら限定が無く、又送り出し方向にも何ら限定がないから、このような構成で、挟持搬送装置が紙幣投入機から送り出された紙幣を受け取ることは不可能である。
同様に、構成要件Bの「遊技台列の背面側に、紙幣投入機Bの各々から送り出される紙幣aを受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持し、遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置D」についても、紙幣aを受け取る構成に何らの限定もないから、このような構成で、挟持搬送装置が紙幣投入機から送り出された紙幣を受け取ることも不可能である。特に、紙幣の折れ曲がったものについては、紙幣の搬送方向とは逆の方向に向いて取り込まれることもしばしばあり、このような紙幣が紙幣投入機に取り込まれた場合には、以上のような構成を前提とする限り搬送は不可能である。
したがって、本件発明は未完成である。
(3) 取消事由3(手続違背)
原告は、審決書の送達を受けたのみであり、被告の答弁書の送達は受けていない。
審判長は、被請求人からの答弁書を受理したときは、その副本を請求人に送達しなければならない(特許法134条3項)のであり、この手続は、いわゆる武器平等の原則に則っている。しかるに、答弁書も送達しないで、いきなり審決を送達されたのでは、いくら審決書で事実摘示をしていても、およそ審判における被告の主張の全貌が分からず、原告としても、審決に対する正確な認否もし得ないし、審判段階の被告の主張(答弁書)について、何らの反駁を加える機会もない。このように、審決取消訴訟の訴状提出段階で答弁書の主張を知り得ないことは、当事者平等主義に著しく反する。
以上のとおり、審決には答弁書不送達という手続の違法がある。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
ア 構成要件Aについて
<1> 引用例1記載の発明は、投入された紙幣の収納場所に関しては、前面側から受け入れた紙幣を、各玉貸機ごとに設けられた下部の金庫24に収納する自己収納型(紙幣が玉貸機から装置外に出ることがない)の台間玉貸機しか予定しないものであり、紙幣の送り出しの技術的思想が開示されているかの判断にとって重視すべき台間貸機(金庫24)からの「紙幣の回収」という課題に関しては、遊技者の邪魔になる「遊技台列の前面側から回収」するための技術的事項しか開示していない。したがって、引用例1には、本件発明のような、「紙幣の台間玉貸機から遊技台列背面側への送り出しによる一括回収」との課題を想起させるものでないから、「(遊技用貸機からの)送り出し」を示唆する技術的思想は一切記載されていないものである。
<2> 引用例1の記載において、「台間玉貸機」がその内部に取り込んだ紙幣を搬送すべき「特定位置」は、紙幣を遊技用貸機の前面から回収することを前提とする「金庫241」しか存在しておらず、かつ、「金庫241」の存在位置に関しては、引用例1の第3図(前面図)の遊技用貸機の下部に金庫241が明記されていること及び第4図の遊技用貸機31の内部であることを示す破線内部に金庫241が位置するものと限定されていることを考えれば、引用例1が開示する技術的事項の中に「特定位置間で紙幣を搬送」することが含まれるとしても、当該「特定位置」が遊技用貸機内部(下部)にあることは明白であり、遊技台列背面側にある可能性があると評価することは、そもそも不可能である。
したがって、引用例1記載の発明の遊技用貸機は、「遊技台列前面側からその紙面が上下方向に沿う姿勢で取り込み用ローラ251261・・・の挟持によって取り込まれた紙幣が、検定部271・・・から遊技用貸機内の金庫241に送り出される遊技用貸機」と評価すべきものであり、当該技術的事項の評価をもって、引用例3記載の考案との組み合わせを合理的に想定することは不可能である。
<3> 引用例3記載の考案は、形状の安定した硬貨の特性に応じた「転動」を利用して、自動玉貸機の前面側から受け入れた硬貨を集合路に導くよう「導出樋」を設けることを前提に、硬貨の形状が安定しているが故に、「一方の側壁11aの上部に開口を設け、こゝに導出樋5の下流端を直角状に開通させたのでは導出樋5を転動する硬貨は桶内に残ったまゝ他方の側壁11bに輪周面で衝き当り、集合路6内での転動方向に対し直交する向きになって集合路に落ちることなく停まって詰まってしまう。」(3欄15行ないし21行)との課題を解決するため、「硬貨の特性を利用した開口部」を考案し、「側壁12の内面に寄りかゝって底5’上を転動する硬貨は、樋5の下流端部において彎曲部14により向きを変え、・・・これにより硬貨は転動しようとする力で側壁11b面をすべり、向きを集合路内での転動方向に沿う様に変えて幅の狭い集合路内に落下」(3欄30行ないし4欄8行)するとの作用効果を実現したものであって、引用例3記載の考案は、「硬貨の特性を利用した開口部」の技術的思想にこそ、その考案の特徴をおくものである。
したがって、引用例3の「硬貨の特性を利用した開口部」は、本件特許の要部である「紙幣投入機が紙幣を上下方向に沿う姿勢(縦姿勢)で遊技台列前面側から受け入れ、縦姿勢のまま遊技台列背面側に送り出し、送り出される紙幣を受け入れ縦姿勢を保ったまま遊技台列背面側で合流搬送する」という、いわば「紙幣を縦姿勢に保ったまま一括回収する」との技術的思想を実現するため、挟持搬送装置の側方に紙幣投入機から縦姿勢で送られる紙幣を受け入れる「開口部」を設け、紙幣投入機から縦姿勢で送り出される紙幣を縦姿勢のまま搬送する挟持搬送装置に合流搬送することを可能とする「開口部」とは、全く異なるものである。
イ 構成要件Bについて
引用例2には、銀行の紙幣払出機をその対象技術的分野とするがために、当該技術的分野において求められていたところの「水平に寝かせた紙幣を、上下(垂直)方向に紙幣を搬送する搬送路に、紙幣を水平に寝かせた状態のまま送出して、これを縦方向に屈曲させて搬送路に合流するよう構成し、紙幣払出機の上部に設けられた払出部8に向けて上方向に、かつ、当該搬送方向に沿う姿勢で紙幣を搬送する」搬送技術の記載しかなく、これは、本件発明のように、厚み及び横方向での占有空間を極力小さなものとする必要性のある遊技設備という技術的分野において発明された「紙幣を縦状態で遊技台列前面側から受け入れ、これを遊技台列背面側に縦状態のまま送出し、横方向に屈曲させて、紙幣を遊技台列背面側で縦状態のまま搬送する搬送路に合流するよう構成し、遊技台列に沿った箇所に存在する特定位置まで、横方向に紙幣を搬送する」搬送技術に応用可能な技術ではない。
引用例2には、明細書における記載や図面も含めて、一貫して、紙幣を水平に寝た状態から重力と逆向きの上方向に搬送するための搬送路及び当該搬送路に重力を利用して(搬送体B3は、搬送体B2の下部にしか設けられていない)水平に寝た紙幣を合流搬送させるための技術的事項が記載されているのであって、これを遊技台列に沿って(横方向に)扁平体を合流搬送させる搬送装置が記載されているものと考えることはできない。
以上のとおり、本件発明と引用例2記載の考案とにおける解決すべき課題が異なる技術的分野の違いより発生する搬送装置の技術的構成の違いを斟酌すれば、遊技設備における紙幣の搬送装置として、引用例2記載の考案を他の公知技術と組み合せることはできない。
(2) 取消事由2について
本件発明の特許請求の範囲には、発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されており、また、発明の詳細な説明の欄及び願書添付図面には、「紙幣の受け渡し手段」を含めて、当業者が容易に実施しうる程度に、本件発明の目的、構成及び効果が記載されており、本件発明が未完成発明であるとする理由はない。
(3) 取消事由3について
特許法134条3項の答弁書副本の送達に関しては、請求人に対して「弁駁書」を提出する機会を与えなければならないとする規定はない。
原告は、審決の結論に影響を及ぼさない手続上の瑕疵について非難するものであって、審決の認定判断そのものに違法がある旨主張するものではない。
また、原告は、別件の大阪地方裁判所平成6年(ワ)第8064号特許権侵害差止請求事件において、本訴状提出の日よりも2週間以上前の平成9年7月11日に、被告から審判における答弁書及び審決謄本を書証として受け取っているから、結果的に、本訴の訴状提出段階で被告の答弁書の主張を知り得なかったものではない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
第2 甲第2号証(本件公告公報)によれば、本件明細書には、本件発明について、次のとおりの記載があることが認められる。
1 「本発明は、例えば、遊技台としてのパチンコ台の複数を横方向に併設して遊技台列が構成され、これら複数のパチンコ台の隣接間の一つおきに、紙幣を遊技台列全面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で遊技台列背面側に送り出すパチンコ玉貸機等の紙幣投入機を設け・・・た遊技設備に関する。」(1欄22行ないし2欄8行)
従来の遊技施設では、「紙幣投入機の各々に金庫(スタッカー)を備えておき、各紙幣投入機において受け入れた紙幣はその受け入れた紙幣投入機の金庫に収納しておくことが行われている。」(2欄20行ないし3欄1行)
「従来の紙幣の投入で作動する紙幣投入機を遊技台間に設けた遊技設備によれば、各紙幣投入機に投入された紙幣を回収するに際して、回収者が各紙幣投入機の前面まで一々移動して金庫内の紙幣を回収しなければならず、一連の遊技台列についてだけみても各紙幣投入機からの紙幣の回収を能率良く行なうことができないのはもとより、遊技台の稼働中に金庫が満杯になった時には遊技者の間に入り込んで回収しなければならない場合もあり、遊技者に対する配慮にも欠けるものである。
そこで、従来の硬貨の投入で作動する自動玉貸機をパチンコ遊技台間に設けた遊技設備と同じように、遊技台列前面側から受け入れた紙幣を遊技台列背面側に送り出す紙幣投入機を遊技台間に設け、各紙幣投入機から送り出されてきた紙幣を遊技台列一端側の回収位置まで合流搬送する搬送装置を遊技台列の背面側に設けて、紙幣を遊技者の邪魔にならず、しかも能率良く回収できるようにすることが望まれるが、この場合、紙幣投入機から送り出される紙幣を、単にコンベヤ等の搬送装置の搬送面に自重落下させて遊技台列一端側の回収位置まで合流搬送するだけでは、不規則な姿勢で自重落下してくる紙幣を搬送装置の搬送面に確実に受け止められるよう、搬送面の横幅が広い大型の搬送装置を設ける必要があり、搬送装置の据え付けスペースを遊技台列背面側に広く確保する必要があるから遊技台の据え付けスペースがその分少なくなるおそれがある。
また、遊技台列の長さは遊技設備の設置場所やその配置によって異なるのが通例であるから、かかる遊技設備を設置するにあたって、各種長さの遊技台列に対応する寸法の搬送装置をその都度製作しなければならず、短い工期で遊技設備を完了させにくいとともに、搬送装置そのものが大型化するのでその運搬、据え付けにも多大の労力と手間を要し、全体として設備コストの高騰を招き易い欠点がある。
更に、このような遊技設備を配置した後においても、搬送装置をそのままにしておいて陳腐化した遊技台のみを新奇な遊技台に交換することが頻繁に行われており、かかる場合には既設の搬送装置と交換された遊技台とを隙間なく精度良く組み合わせる必要があるが、遊技台の据え付け精度の善し悪しに起因してそのように精度良く組み合わせにくい問題もある。
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであって、紙幣が備える特性を有効に活用して、紙幣投入機に投入された紙幣を遊技者の邪魔にならず能率良く回収できるものでありながら、設備コストの高騰を招きにくい遊技設備を提供することを目的とする。」(3欄3行ないし4欄10行)
2 上記目的を達成するための本件発明の特徴構成は、特許請求の範囲記載の構成にある。(4欄12行ないし33行)
3 「a 前記Aの構成(判決注・構成要件A及びB)より、紙幣投入機の各々から送り出される紙幣を手間をかけず、しかも遊技台列の背面側に沿っての搬送で遊技者の邪魔にならずに、特定位置に容易に回収できるのであるが、
b 殊に、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持搬送するから、紙面が水平方向に沿う姿勢で搬送する場合に比べて、挟持搬送装置を幅狭のものにすることができ、狭いスペースでも効率よく設置できる。」(4欄36行ないし5欄1行)
「前記aの作用により、紙幣投入機に投入された紙幣を遊技者の邪魔にならず能率よく回収できるものでありながら、前記bの作用により、搬送装置設置スペースが小さく、・・・全体として設備コストの高騰を抑制できる。」(5欄20行ないし27行)
第3 審決の取消事由について判断する。
1 取消事由1について
(1)ア 甲第6号証によれば、引用例3には、「自動玉売機は、・・・判別装置と・・・交付装置と、打球を放出させるのに関与した硬貨を貯溜して置く貯溜部とからなる自動販売機である。従ってホールでは、閉店するとパチンコ機列の所々に配置されている自動玉売機の硬貨貯留部を開き、なかに溜っている硬貨を回収しなければならないが、自動玉売機の配置数が増す程、その回収作業に手間どる。本考案は回収作業を容易化するために、パチンコ機列に沿って裏側に集合路を設け、そのパチンコ機列内に配置されている自動玉売機に投入され、打球を交付した硬貨は玉売機から集合路によって回収する様にしたのである。」(2欄5行ないし21行)、「図面に付き説明すると、1はパチンコ機の列で、その列内には数台、例えば4台置きに自動玉売機2が配置されている。上記自動玉売機2は、夫々硬貨の投入口3と、放出される所定数の打球を受入れる交付皿4を機体の表面に有すると共に、裏側は投入口3に投入され、交付皿4に所定数の打球を放出させた硬貨を転動させて導出する導出樋5を有し、各導出樋5の下流側先端はパチンコ機列1に沿い、パチンコ機の裏側に傾斜させて設けた集合路6に略々直角状に接続されている。上記集合路6も硬貨を倒さないで下流側に転動させるものであって、」(2欄22行ないし33行)、「そして、パチンコ機列の端部を囲う枠7内には硬貨の回収タンク8を設けて集合路6の下流端を接続し、集合路内を転動する硬貨を回収タンク8に集め、ホール閉店後など、必要に応じて解錠して枠7内に設けてある扉9を開き、回収タンク8に集められている硬貨を回収する。」(3欄6行ないし11行)、「かくして本考案によればパチンコ機列内に所々配置されているどの自動玉売機にでも投入された硬貨は、所定数の打球を客に交付した後、夫々導出樋5で導出されて詰ることなく円滑に集合路6に落下し、集合路上を転動しそ回収タンクに集められ、容易に回収できるのである。」(4欄9行ないし14行)との記載があることが認められ、上記事実によれば、引用例3記載の考案は、遊技台であるパチンコ機列内の所々に配置されている自動玉売機に投入された硬貨の回収を容易にするという技術的課題を解決するために、遊技台列の背面側に、各自動玉売機の各々から送り出される硬貨を導出樋と集合路によって硬貨を上下方向に沿う姿勢で、遊技台列に沿って回収タンクまで合流搬送する搬送装置を設け、これによって硬貨を一括回収するという構成を採用したものと認められる。
イ 甲第11号証によれば、引用例1には、「第1図~第4図に示すようにパチンコ島1においてパチンコ台21、22……の相互間に自動玉貸機31、32……が配置される。各自動玉貸機31、32……はそれぞれ紙幣用自動玉貸機における鑑別機を除いた部分と硬貨用自動玉貸機とを組合わせたものであり、」(2頁左上欄10行ないし15行)、「又各自動玉貸機31、32……には紙幣投入口111……から投入された紙幣を取込む取込み用ローラ251、261、……、この取込み用ローラ251、261……、で取込んだ紙幣を検定する検定部271……、取込み用ローラ251、261……で取込んだ紙幣をその正偽に応じて金庫241……又は紙幣投入口111……に送出する札戻し機構部281……、」(2頁右上欄7行ないし14行)、「第2図は同実施例の平面図、第3図は同実施例における1台の自動玉貸機を示す正面図、第4図は上記実施例の一部を示すブロック図」(3頁右上欄下から2行ないし左下欄1行)との記載と共に、第2図には横方向に並設されたパチンコ台列とその間に設けられた自動玉貸機が、第3図には自動玉貸機、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れる紙幣投入口及び自動玉貸機の下部に配置された金庫が、第4図には紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れる紙幣投入口がそれぞれ図示されていることが認められ、以上の事実によれば、引用例1記載の発明は、複数の遊技台を横方向に並設して遊技台列が構成され、前記複数の遊技台の隣接間のうちの複数の特定箇所に、紙幣を前記遊技台列前面側から、その紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れる紙幣投入機が設けられ、紙幣投入口からその紙面が上下方向に沿う姿勢で投入された紙幣は、取り込み用ローラで取り込まれ、紙幣投入機下部に設けられた金庫に送り出される遊技設備であるものと認められる。そして、引用例1記載の発明は、各紙幣投入機に投入された紙幣を各紙幣投入機の金庫に送り出すものであるから、引用例3記載の従来の自動玉売機と同様に、各金庫内からの回収作業に手間どるという技術的課題を有することは明らかである。
ウ したがって、引用例3に接した当業者において、引用例1記載の考案の紙幣投入機における上記技術的課題を認識し、これを解決するために、引用例1記載の発明についても、引用例3記載の考案と同様に、遊技台列の背面側に、紙幣投入機の各々から送り出される紙幣を、遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置を設け、これによって紙幣を一括回収することは、容易に想到し得たものと認められる。
(2) 甲第12号証によれば、引用例2には、「本考案は紙幣の搬送装置に関する。」(2欄2行)、「第1図は紙幣払出機の側面図を示し、上下には4個の紙幣送出部1a、1b、1c、1dが積み重なるようにして設けられている。・・・ケース2の一端側には紙幣3を1枚ずつ吸着して取出す吸着頭6をのぞませ、その側方から紙幣送出部の終端まで1対の送出しローラーA1、A2を複数組並設してある。」(2欄9行ないし17行)、「各紙幣送出部に対面して上下方向にベルト形式の搬送体B1を張設するとともに、搬送体B1の上部を前記払出台8側に張出して搬送体B1全体をローラー9により支承し、搬送体B1の一方における面にはローラー10によって支承されるベルト形式の搬送体B2をそれぞれ間隔をおいて対設し、各搬送体B2の下方におけるローラー10の下方から各紙幣送出部における端部の送出しローラーA2側に向けベルト形式の搬送体B3を延出して構成する。前記搬送体B2の下部と搬送体B3の終端部との間から紙幣3を挾扼し始めるように構成するが、その挾扼始端と前記送出しローラーA1、A2との間の間隔C内下方に前記搬送体B3を傾斜状に延出し、その間隔C内には送出しローラーA1、A2に接近する端部側が広くて前記挾扼始端側が狭くなるガイドG、GをV字状に延設し、狭くなったガイドG、Gの部分からそのまま延出するガイド部G’、G’を、対面する搬送体B1とB2にそわせて上方に延出して構成する。」(2欄21行ないし3欄3行)、「矢印で示すように回転する送出しローラーA1、A2により挟持されて送出される紙幣3はガイドG、Gの間に送入されて搬送体B3により搬送体B2と搬送体B3との接触部間に確実に送り込まれ、次いで矢印に示すように回転するローラーにより回転させられる搬送体B1、B2の間に挾されて上方に搬送され払出台8上に送出される。」(3欄10行ないし16行)との記載と共に、第1図として紙幣を払出台まで合流搬送する装置が図示されていることが認められ、上記事実によれば、引用例2記載の考案は、各ケースに装填された紙幣を各吸着頭で取り出して払出台に搬送する紙幣の搬送装置に関する考案であって、紙幣の搬送技術として、各ケースの各々から送出しローラーで紙幣の両面を挟持して送り出し、送り出される紙幣をガイドと搬送体で受け取って搬送体の間に挟持し、特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置であると認められる。
そうすると、引用例1記載の発明について、遊技台列の背面側に、紙幣投入機の各々から送り出される紙幣を、遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する搬送装置を設けようとする当業者において、引用例1記載の発明の紙幣投入機に引用例2記載の考案の紙幣挟持搬送装置を適用し、遊技台列の背面側に、紙幣投入機の各々から送り出される紙幣を受け取ってこれを挟持し、遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置とすることは、容易に想到し得たものというべきである。
(3) 引用例1記載の発明の紙幣投入機において、紙幣は、紙幣投入口からその紙面が上下方向に沿う姿勢で投入されて取り込み用ローラで取り込まれ、紙幣投入機下部に設けられた金庫に送り出されるものであるところ、これに引用例2記載の考案を適用して、遊技台列の背面側に、遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置を設けた場合には、紙幣は金庫に貯溜されるものではなく搬送されるものであるから、引用例1記載の発明の紙幣投入機について、紙幣を金庫に送り出すのではなく、搬送装置のある遊技台列の背面側に送り出すように構成することは、設計的事項であって、当業者が適宜変更し得たものというべきである。
また、紙幣をローラーで取り込むためには、紙幣の両面を挟持する方法が普通の方法であることは自明であるから、引用例1記載の考案に係る紙幣投入機が、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れるものである以上、その取り込み及びこれに続く背面側への送り出しも、紙幣の紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持するように構成することは自然なものといわざるを得ない。
したがって、複数の遊技台を横方向に並設して遊技台列が構成され、前記複数の遊技台の隣接間のうちの複数の特定箇所に、紙幣を前記遊技台列前面側から受け入れる紙幣投入機である引用例1記載の発明に引用例2記載の考案を適用した場合、引用例1記載の発明について、受け入れた紙幣の紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列背面側に送り出し可能にすることは、設計的事項であって、当業者が適宜に変更し得たものというべきである。
(4) 更に、紙幣投入機の各々から送り出される紙幣が、その紙面が上下方向に沿う姿勢で送り出されるものである以上、これを挟持搬送する挟持搬送装置も、紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持して搬送するように構成することも、自然なものであることは明らかである。
(5) そうすると、本件発明の構成A、Bは引用例1記載の発明、引用例2、3記載の各考案から当業者が容易に想到することができたものというべきである。
(6)ア 被告は、引用例1は、本件発明のような、「紙幣の台間玉貸機から遊技台列背面側への送り出しによる一括回収」との課題を想起させるものでないから、「(遊技用貸機からの)送り出し」を示唆する技術的思想は一切開示されていない旨主張する。しかし、引用例3には、硬貨を貯溜しておく貯溜部を持つ自動玉売機について、その回収作業に手間どるという技術的課題があること及びこれを解決するために、自動玉売機から遊技台列背面側への送り出しによる一括回収という技術的思想が記載されているのであるところ、引用例1記載の発明は、各紙幣投入機の金庫に紙幣を送り出すものであるから、引用例3に接した当業者は、引用例1そのものに紙幣投入機からの送り出しを示唆する記載はなくとも、引用例1記載の発明の紙幣投入機にも上記と同様の技術的課題があること及びこれを解決するために紙幣投入機からの送り出しという技術的思想があるという示唆を受けることは明らかである。
イ 被告は、引用例1記載の発明の遊技用貸機は、「遊技台列前面側からその紙面が上下方向に沿う姿勢で取り込み用ローラ251261・・・の挟持によって取り込まれた紙幣が、検定部271・・・から遊技用貸機内の金庫241に送り出される遊技用貸機」と評価すべきものであり、当該技術的事項の評価をもって、引用例3記載の考案との組み合わせを合理的に想定することは不可能である旨主張する。しかし、引用例1記載の発明において、紙幣を遊技台列の背面側に送り出すように構成することは、設計的事項であることは前示のとおりであって、被告の主張は採用することができない。
ウ また、被告は、引用例3記載の考案は、「硬貨の特性を利用した開口部」の技術的思想にこそ、その考案の特徴をおくものであって、「紙幣を縦姿勢に保ったまま一括回収する」との技術的思想を実現するため、挟持搬送装置の側方に紙幣投入機から縦姿勢で送られる紙幣を受け入れる「開口部」を設け、紙幣投入機から縦姿勢で送り出される紙幣を縦姿勢のまま搬送する挟持搬送装置に合流搬送することを可能とする「開口部」とは、全く異なる旨主張する。なるほど、引用例3記載の考案は、硬貨の搬送装置であって、紙幣に適合する搬送装置ではないから、紙幣投入機から縦姿勢で送り出される紙幣を縦姿勢のまま搬送しうるものではない。しかし、引用例3記載の考案は、遊技台列内の所々に配置されている自動玉売機に投入された硬貨の回収を容易にするという技術的課題を解決するために、遊技台列の背面側に、各自動玉売機の各々から送り出される硬貨を導出樋と集合路によって硬貨を上下方向に沿う姿勢で、遊技台列に沿って回収タンクまで合流搬送し、これを一括回収するという構成を採用したものである以上、同じ通貨である紙幣についても、これと同様に遊技台列の背面側に、遊技台列に沿って搬送装置を設け、紙幣を特定位置まで合流搬送し、これを一括回収することの起因ないし動機付けとなり得るものであることは明らかである。
エ 更に、被告は、引用例2には、銀行の紙幣払出機をその対象技術的分野とするがために、当該技術前分野において求められていたところの「水平に寝かせた紙幣を、上下(垂直)方向に紙幣を搬送する搬送路に、紙幣を水平に寝かせた状態のまま送出して、これを縦方向に屈曲させて搬送路に合流するよう構成し、紙幣払出機の上部に設けられた払出部8に向けて上方向に、かつ、当該搬送方向に沿う姿勢で紙幣を搬送する」搬送技術の記載しかない旨主張する。しかし、引用例2記載の考案は、紙幣を搬送体の間に挟持し、特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置であるところ、紙幣を挟持搬送するためには紙幣の両面を挟持しなければならないのであるから、紙幣を上方向、かつ、当該搬送方向に沿う姿勢で挟持搬送することも、紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で横方向に挟持搬送することも、紙幣の両面を挟持して落下しないようにしなければならないことに変わりはなく、また、両者の挟持搬送方法に違いがあるわけではないから、引用例2記載の考案を紙幣を紙面が上下方向に沿う姿勢で横方向に挟持搬送する挟持搬送装置に応用することな容易にし得たものというべきである。
オ また、被告は、引用例2には、搬送路に重力を利用して水平に寝た紙幣を合流搬送させるための技術的事項が記載されているのであって、これを遊技台列に沿って(横方向に)偏平体を合流搬送させる搬送装置が記載されているものと考えることはできないとも主張する。しかし、引用例1記載の発明の紙幣投入口は、紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で受け入れるものである以上、そこからの送り出しも、紙幣の挟持搬送も、その紙面が上下方向に沿う姿勢のまま挟持して合流搬送するのが自然であって、そのように構成することは容易にし得たものというべきであるから、被告の主張は採用することができない。
2 以上のとおりであるから、本件発明の構成A、Bは、引用例1ないし3のいずれにも開示されていないから、これらを寄せ集めたとしても本件発明にはならないとした審決は、その認定判断を誤った違法があり、この違法は、原告の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできないとした審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
したがって、審決は、その余の点について判断するまでもなく、取消しを免れない。
第4 よって、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成11年4月20日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
図面の簡単な説明
図面は本発明に係る遊技設備の実施例を示し、第1図は搬送ユニツト斜視図、第2図は紙幣の合流部を示す要部の横断平面図、第3図乃至第5図は搬送ユニツトの縦断面図、第6図は要部の概略平面図、第7図及び第8図は搬送ユニツトの連結部を示す横断平面図及び縦断側面図、第9図及び第10図はパチンコ遊技設備の側面図及び概略横断平面図である。
3A……開口部、A……遊技台、a……紙幣、B……紙幣投入機、D……挟持搬送装置、d……搬送ユニツト。
<省略>
<省略>
別紙図面2
<省略>
別紙図面3
<省略>
理由
Ⅰ.手続の経緯・本件発明の要旨
本件特許第1722297号に係わる発明は、昭和58年11月15日の出願に係わる昭和58年特許願215656号を、特許法第44条第1項の規定による分割出願した昭和63年5月14日の出願であり、平成4年2月3日に特公平4-5623号として出願公告され、平成4年12月24日に設定登録されたものであって、その発明の要旨は、本件特許に係わる特許出願の願書に添付した明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲第1項に記載された次のとおりのものと認める。
但し、特許請求の範囲第1項の構成は、無効審判請求人 秀工電子株式会社(以下、請求人という。)の主張にあわせ、A~Dの構成要件に分けて記載してある。
「A:複数の遊技台(A)を横方向に並設して遊技台列が構成され、前記複数の遊技台(A)の隣接間のうちの複数の特定個所に、紙幣(a)を前記遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列背面側に送り出し可能な紙幣投入機(B)が設けられているとともに、
B:前記遊技台列の背面側に、前記紙幣投入機(B)の各々から送り出される紙幣(a)を受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持し、前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置(D)が設けられ、
C:前記挟持搬送装置(D)の挟持搬送路が複数の搬送ユニット(d)を前記遊技台列に沿って一連に連結して構成されている遊戯設備であって、前記搬送ユニット(d)の全長が前記紙幣投入機(B)の配設ピッチと等しい又はほぼ等しい長さに設定され、
D:前記搬送ユニット(d)の各々に前記紙幣投入機(B)から送り出される紙幣(a)を受け入れる開口部(3A)が形成されている遊戯設備。」
Ⅱ.請求人の主張
これに対し、請求人は、下記甲第1号証~甲10号証の2刊行物を提出し、下記(1)~(2)に示す無効理由を主張する。
なお、請求人は、特許法第29条第2項の規定に違反する旨の無効理由を無効理由1~3の3つに分けて主張しているが、請求人の主張する無効理由1~3は、寄せ集める刊行物の一部を変更しているにすぎず、特許法第29条第2項の規定に違反する旨の無効理由という点で共通しているので、請求人の主張する無効理由1~3は、まとめて1つの無効理由として審理する。
(1).本件特許発明は、本件特許発明に係わる出願前公知である甲第1号証~甲10号証の2刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、本件特許は、無効とすべきものである。(以下、この主張を無効理由1という。)
(2).本件特許は、特許法第29条第1項柱書きの発明に当たらない未完成な発明であり、同様に本件特許の明細書の記載は、特許法第36条第4項、第6項の記載不備に該当し、したがって本件特許は無効とすべきものである。(以下、この主張を無効理由2という。)
甲第1号証 特開昭53-3399号公報
甲第2号証 実公昭58-6823号公報
甲第3号証 特開昭53-13998号公報
甲第4号証 特開昭54-62898号公報
甲第5号証 実公昭45-24565号公報
甲第6号証 実公昭56-30943号公報
甲第7号証 実公昭55-19589号公報
甲第8号証 実開昭54-157680号公報
甲第9号証の1 特開昭55-30726号公報
甲第9号証の2 実公昭53-42154号公報
甲第9号証の3 特公昭58-42517号公報
甲第9号証の4 実開昭54-159579号公報
甲第9号証の5 実公昭55-36423号公報
甲第9号証の6 実開昭55-120638号公報
甲第9号証の7 特開昭58-19984号公報
甲第9号証の8 実公昭55-32209号公報
甲第10号証の1実開昭52-33469号公報
甲第10号証の2実開昭51-92197号公報
Ⅲ.当審の判断
(1).まず、無効理由1について検討する。
本件発明の構成要件A、Bは、甲第1号証~甲10号証の2刊行物のいずれにも開示されていない。
請求人は、甲第1号証記載のものは構成要件Aの全てを充足すると主張する。(無効審判請求書第4頁第1行~第2行)
しかし、甲第1号証記載のものは、本件特許の明細書に従来例として記載されている、『遊技台列前面側から受け入れた紙幣を内部の金庫に取り込む台間玉貸機』を開示するものでしかなく、構成要件Aの一部である「複数の遊技台を横方向に並設して遊技台列が構成され、前記複数の遊技台の隣接間のうちの複数の特定個所に、紙幣を前記遊技台列前面側から受け入れる紙幣投入機」の構成は開示されていても、構成要件Aの残りの構成である「紙幣を遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列背面側に送り出し可能な紙幣投入機」の構成は開示されていない。
請求人は、甲第1号証記載のものが構成要件Aの全てを充足する根拠として、甲第1号証記載のものは、自動玉貸機の紙幣投入口11より紙幣を投入すると、その紙幣は自動玉貸機3において取り込み用ローラ25、26により取り込まれるから、背面に十分送り出し可能な構成を持っている玉貸機であると主張する。
しかし、甲第1号証記載のものは、遊技台列前面側から受け入れた紙幣を内部の金庫に取り込む台間玉貸機であるから、紙幣を遊技台列背面側に送り出すものではない。
したがって、甲第1号証は構成要件Aの全てを充足するという請求人の主張は認められない。
又、請求人は、甲第2号証の考案は、構成要件Bを充足すると主張する。(無効審判請求書第5頁第3行~第4行)
しかし、甲第2号証には、請求人が主張する「紙幣送出部1a、1b、1c、1dの各々から送り出される紙幣3を送り出しローラーA1、A2が受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持して、払出機8まで合流搬送する挟持搬送装置」は記載されているが、構成要件Bは記載されていない。
すなわち、甲第2号証記載のものは紙幣払出機の搬送装置であるから、遊技台列の背面側に、前記紙幣投入機の各々から送り出される紙幣を受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持し、前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置ではない。
請求人は、構成要件Bの「遊技台列の背面側に」の部分については、甲第1号証の第2図に記載されていると主張するが、前述のように甲第1号証記載のものは遊技台列前面側から受け入れた紙幣を遊技台列背面側に送り出すものではなく、遊技台列前面側から受け入れた紙幣を台間玉貸機内部の金庫に取り込むに過ぎない。
したがって、甲第1号証及び甲第2号証記載の発明を寄せ集めても、紙幣投入機の各々から送り出される紙幣を受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持搬送する搬送装置を遊技台列の背面側に設け、前記遊技台列に沿って紙幣を特定位置まで合流搬送するという技術思想は出てこない。
なお、甲第6~8号証及び甲第10号証の1、2には、パチンコ機の背後もしくは下側に硬貨の搬送装置を設けたものが開示されているが、それらは形状の安定した「硬貨」を対象とした搬送手段(導出樋、載置コンベヤー、振動床)を開示するにとどまるものであって、「紙幣」に関する本件発明に対して起因ないし動機づけになるものではない。
又、請求人は、請求の理由[3]項及び[4]項で、甲第1号証に組み合わせる紙幣搬送装置として、甲第2号証に代えて甲第4号証や甲第5号証を用いる無効理由を主張している。
しかし、甲第4号証には、水平に寝た状態で積み重ねた貯蔵札束を、水平姿勢で搬送する紙幣搬送装置と、縦姿勢で搬送する紙幣搬送装置により、二つもしくは四つの取出口に分配する装置が開示されているに過ぎなく、甲第5号証には、予め水平姿勢で積み重ねている紙をその紙面が水平方向に沿う姿勢で送り出す複数の給紙台が上下に設けられ、給紙台の各々から送り出される紙をその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持し、下向きに特定位置まで同一方向に合流搬送する挟持搬送装置と、給紙台から送り出される紙を下方に屈曲させて挟持搬送装置の合流部に案内するガイド部材が設けられている自動丁合機が開示されているに過ぎないから、甲第4号証又は甲第5号証のいずれにも、本件発明の構成要件A、Bは開示されていない。
以上述べたように、本件発明の構成要件A、Bは、甲第1号証~甲10号証の2刊行物のいずれにも開示されていないから、甲第1号証~甲10号証の2刊行物記載の発明を寄せ集めたとしても本件発明にはならない。
そして、本件発明は、構成要件A、Bの構成により、紙幣投入機に投入された紙幣を能率的に回収できるものでありながら、紙幣投入機から送り出される紙幣をその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持搬送するから、紙面が水平方向に沿う姿勢で搬送する場合に比べて、挟持搬送装置を幅狭のものにでき、遊技設備の厚み及び横幅方向での設置スペースを小さくできるという、甲第1号証~甲10号証の2刊行物記載のものにはない効果を有する。
以上のことから、請求人の主張する無効理由1によっては、本件特許を無効とすることはできない。
(2).次に、無効理由2について検討する。
請求人は、無効理由2の根拠として、「本件特許は、その構成要件Dで、『搬送ユニット(d)の各々に前記紙幣投入機(B)から送り出される紙幣(a)を受け入れる開口部(3A)が形成されている。』が挙げられているが、原告特許の構成では、単に紙幣を受け入れるための開口が空いているだけでは紙幣を完全に挟持搬送装置に取り込めない。本件で提出した紙幣の搬送に関する公知例は何れも、ガイドやローラにより紙幣を取り込み搬送しており、単に開口が空いているだけでは紙幣を所定の方向に搬送することはできない。」と主張する。
つまり、請求人の主張は、単に紙幣を受け入れるための開口が空いているという構成だけでは、紙幣を完全に挟持搬送装置に取り込めないし、紙幣を所定の方向に搬送することもできないというわけである。
しかし、紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり所定の方向に搬送する手段は構成要件A、Bに記載されており、構成要件Dの一部である開口部(3A)が紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり所定の方向に搬送するわけではないから請求人の主張は全く失当である。
すなわち、構成要件Aでは、「紙幣(a)を前記遊技台列前面側から受け入れてその紙面が上下方向に沿う姿勢で前記遊技台列背面側に送り出し可能な紙幣投入機(B)」を備えており、構成要件Bでは、「紙幣投入機(B)の各々から送り出される紙幣(a)を受け取ってその紙面が上下方向に沿う姿勢で挟持し、前記遊技台列に沿って特定位置まで合流搬送する挟持搬送装置(D)」を備えているから、紙幣は構成要件Aの紙幣投入機により開口部(3A)へ送り出され、開口部(3A)から受け入れられた紙幣は、構成要件Bの挟持搬送装置により該装置内に取り込まれ所定の方向に搬送されており、構成要件Dの一部である開口部(3A)が紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり所定の方向に搬送するわけではない。
そして、請求人は、構成要件Dの一部である開口部(3A)が紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり所定の方向に搬送するということを前提にして、本件特許は、特許法第29条第1項柱書きの発明に当たらない未完成な発明であり、同様に本件特許の明細書の記載は、特許法第36条第4項、第6項の記載不備に該当すると主張しているが、前述のように紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり所定の方向に搬送する手段は構成要件A、Bに記載されており、構成要件Dの一部である開口部(3A)が紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり所定の方向に搬送するわけではないから請求人の主張は全く失当である。
そして、本件特許の明細書の特許請求の範囲には、前述のように紙幣を挟持搬送装置に取り込んだり所定の方向に搬送する手段が記載されており、又、発明の詳細な説明には、当業者が容易に実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されているから、本件特許は、請求人が主張するような発明未完成のものでもなく、明細書に記載不備のあるものでもない。
したがって、請求人の主張する無効理由2によっても、本件特許を無効とすることはできない。
Ⅳ.むすび
以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては本件特許を無効とすることはできない。